2017年(平成29年)の活動記録

11月11日・12日 プレ!東浦おだいちゃん検定に840人

 これまでのふるさとクイズに代わり、観光協会主催で行われた「プレ東浦おだいちゃん検定」は二日間で840人もの参加があり、大盛況でした。実務面で支えたふるさとガイド協会としても、うれしい限りです。もちろん参加人数はこれまでのように子供さんが多いのも事実で、これでもって来年の本番を占うことはできません。

 開始早々に神谷町長と間瀬新田区長さんがクイズに挑戦してくれました。神谷町長はそのことを開会セレモニーでふれて挨拶し、しっかりPRしてくれました。クイズについては、『少し難しすぎる』という声が多く聞かれました。この声を本番に向けてはどのように受け止めるべきか、一つの課題かもしれません。町制施行70周年記念事業を成功裏に終え、次の活動につなげていくことが求められています。

左は真剣に問題に取り組む神谷町長(右)と間瀬新田区長さん   問題に取り組む親子

 今回はポスターセッションに使うパネルを用意して、目につきやすい正面に設置しました。また、社会福祉協議会の行う赤い羽根募金の活動にも午前と午後に参加しました。

 

10月21日(土) 西部中のカルチャー講座に参加

 今年も西部中学校のカルチャー講座に参加して、生徒のみなさんに緒川新田の成り立ちからその特徴や、東浦の素晴らしい歴史文化の特徴について説明しました。

 あいにくの雨降りでしたが、1時間は外に出て狼煙台跡まで行き、現地で狼煙台が造られた時代背景など説明しました。また高根の森駐車場辺りでは、明徳寺川の水争いが300年にわたった経緯と背景を説明。その明徳寺川の源流がここ緒川新田のこの辺りということを説明しました。

 このあと教室に戻り説明を捕捉し、東浦の地形の特徴・家康の母である於大の方が生まれた地であること、生路の三白、二人の国文学者を輩出したこと、虫供養・だんつく・おまんと・神楽などすばらしい文化が継承されていることを説明しました。このとき「東浦と言ったら、最初に何を思い浮かべるか」と質問すると、『於大の方』と即座に答えがありました。これは嬉しかったです。

10月17日(火) 名古屋市高年大学の7名を案内

 午前10時から2時間弱で緒川北地区の神社仏閣を案内しました。参加者は平均年齢81歳の面々なので、降り続く雨の中では滑りやすい下りの石段を避けてコースをきめました。案内のポイントは二つで、①於大とのかかわり②水野家とのかかわりに力点を置いて説明しました。また、入海神社・貝塚では東浦唯一の国指定史跡になっていることなど力説しました。予定内の時間で無事に案内を終えることができ、みなさんからは『よく勉強しておられる』と言っていただけました。

上段...越境寺にて            郷蔵にて

下段...札木の辻にて           入海神社にて

10月5日(木) 『丁石』の保全に協力

 東浦町内には知多四国88か所霊場が、森岡に7番極楽寺、緒川に8番伝宗院、石浜に9番明徳寺、生路に10番観音寺、藤江に11番安徳寺があります。明治の後半に、この霊場を巡る弘法道に弘法参りのみなさんが道に迷わないように、道しるべの石柱が建てられました。この案内の石柱は知多半島で東浦だけにあるもので、半田市や大府市、阿久比町では見当たりません。

 これは弘法参りのお遍路を道に迷うことなく、無事に達成してほしいという温かい思いやりが込められています。この石柱は、距離が1丁(約109m)ごとに建てられたことで、『丁石』と呼びますが、東浦が未来へ残す文化遺産と言ってもよいものです。しかし、最近は道路の拡幅や家の建て替えなどで、いつの間にか消えてしまったものもあります。つい最近も観音寺へ1丁の『丁石』がなくなっているのに気づき調査しましたら、お寺さんに置かれていると分かりました。

 そこでお寺さんと郷土資料館・役場に相談して、公の場所で保管してもらうようにお願いしました。その結果、郷土資料館に設置してもよいと許可をいただき、ふるさとガイドの面々で運搬しました。これにより『1丁目』の丁石は安住の地を得ることが出来、私たちふるさとガイドとしても、こんな嬉しいことはありません。

 みなさんもこの丁石をたどって弘法道を歩いてみませんか!! ガイド協会のふるさと散歩に一度ぜひ参加してみてください。今回のことが、丁石の存在理由を知ることで、その価値を再認識する契機となれば嬉しいことです。

 

9月30日(土) 33人が参加して石浜ふるさと散歩

 秋のふるさと散歩の先陣を切って、石浜の新コースを案内しました。当初心配された集合場所でしたが、33人の方が参加してくれた割には大きな問題もなく終えることができました。とは言え二三の方が場所を間違えたようでした、これまでと違う場所に集合するときは、事前のPRを徹底すべきと反省しました。

 肝心の新コースは次のようなものです...

①マルス付近にあったという水車②子供墓地③八幡社跡④瓦工場跡⑤喜左衛門新田跡⑥石浜駅⑦昔のメインストリート⑧東浦最初の役場跡⑨畑中地蔵...と回りました。

 また、生路地内にある伊勢湾台風の殉難碑にも立ち寄りました。これまでとは違った石浜の姿に、みなさん驚きを隠せませんでした。

写真説明 上段 子供墓地にて説明     喜左衛門新田跡の説明

     下段 八幡社跡の説明      武豊線の鉄橋と伊勢湾台風の説明

 

9月8日(金) 常滑ウオーキングの会8名を案内

 

 8日午前9時からお昼まで、常滑ウオーキングの会のみなさんを案内しました。コースは於大公園⇒乾坤院⇒水野氏三代の墓⇒緒川城跡⇒地蔵院⇒於大の道⇒於大公園と回りました。時間的には少しオーバーしてしまいそうなことから了解をいただいて、於大の方に関連する所を一通り案内しました。

 今回はガイド協会の新会員も参加して、みなさんを引きつけての話し方や、史実を共に勉強しました。

 

挨拶する河合副会長                みなさんと記念撮影

6月22日(木) 小牧歴史ガイドのみなさんを案内

 22日10時から12時の間、地蔵院・緒川城跡・三代の墓・乾坤院・於大の道を案内しました。さらに引き続いて午後は1時30分から3時15分まで、村木神社・処刑場跡・村木砦跡を案内しました。今回はボランティアガイドの方たち33名のみなさんで、女性の方も半分ほどの構成でした。以前に下見に来られた際に、村木砦跡はぜひ訪れたいということから、午前と午後の案内になりました。

 東浦街道では澤田家が本陣だったこと・札木の辻ではすぐ近くまで海だったことなど説明。地蔵院ではオモダカの井戸を案内して、緒川城跡では土塁を見てもらいました。緒川が一万石の城下町であったこと、忠政の娘「於だい」が家康を生み、水野家と於大の子供たちが徳川の天下を支えたと言えることを説明しました。

 午後は村木砦の戦いで信長が本陣を置いた村木神社、処刑場跡、砦跡を案内しました。午前と午後の案内を通して、参加者のみなさんからは「東浦の歴史と文化」のような冊子をまとめているここと、さらには冊子の中の挿絵が素晴らしいと言う声がありました。このような言葉を聞くことが出来たことは、とても嬉しいことです。

上段...緒川城跡にて            三代の墓にて

下段...臨江寺跡にて            村木砦跡にて

 

6月15日(木) 緒川小2年生の学習おてつだい

 15日10時から11時の間、入海神社で緒川小2年生の子供たち88名に神社のあれこれについてお話ししました。これは「おがわの町たんけんたい」の一環として行われたもので、神社のお宝・貝塚・夜泣石・弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)伝説・中川南巌石碑などを分かりやすくお話ししました。

 いくつかの質問がありましたが、狛犬の台座に刻まれた「海相」「静波」について質問があり、なかなかの観察力と感心しました。大人でも難しい神社の説明ですが、優しい言葉、座って話を聞かせる、写真を使うなど工夫しました。先生の指導もよくスムースに予定通りに進めることが出来ました。

6月13日(火) 文化財修復事業に寄付しました

  東浦ふるさとガイド協会は十分な討議を行い、東浦町が呼びかけている文化財の修復事業の寄付に協力することを決めました。元々は個々人で対応することに違いありませんが、ふるさとガイドは郷土の歴史・文化をみなさんに伝え、東浦の素晴らしさを認識してもらう、そのことが町を愛する気持ちを育むものと考えています。

 会員個々人としての寄付とは別に、ガイド協会としての寄付をまとめ、修復事業の一助になればと考え納付しました。

 左は町から届いた寄付に対する礼状です。

6月8日(木) 森岡小の学習おてつだい

 8日午前9時~11時まで森岡小3年生64名の、地域学習のお手伝いをしました。

あいにくの雨だったので、教室での1時間講座としてスタートしました。

 しかし、30分ほどして担当の先生から「お天気が回復するようなので、校外授業としてお願いします」と連絡があり、予定していた3グループに分かれて出かけました。①お地蔵さんコース②村木砦コース③寺・神社コースの三つです。

 村木砦コースでは最初に臨江寺跡で説明、まだ少し雨が落ちていましたので傘をさして説明です。次の砦跡では説明板の前で、この戦で初めて鉄砲が使われたことや、なぜそのようなことが分かるのか説明しました。子供たちは熱心に耳を傾けてくれました。

 

上の写真は②グループの村木砦跡、下の写真は教室での①と③のグループ

 

6月6日(火) 東浦ふるさと講座を開講

 郷土資料館で「東浦ふるさと講座」を開講しました。今年は8名の方が受講して4日間にわたる講義をスタートさせました。東浦全域について一部は実地研修も含めて行います。

 初日はふるさとガイドの活動について、最初の挨拶の中で説明しました。ボランティアガイドの活動を通じて、ふるさとの素晴らしい歴史や文化について、地域の方はもちろん、東浦を訪れてくれた方に伝える。同時にボランティアガイド自身の生きがい作りと、東浦の知名度アップに寄与することを目的としています。この後、石浜については「おまんと」についてくわしくスライドで説明。緒川新田については、地図入りの資料を基に説明しました。

 

下の写真左は石浜の説明、右は緒川新田の説明の様子。

5月27日(土) 41名が参加した「ふるさと散歩森岡」

 春のふるさと散歩最後は、村木砦跡を巡る森岡地区で開催しました。41名の方が参加して村木砦の戦い跡を中心に回りました。信長が本陣を置いた村木神社では、おまんとなどのほかに「三山信仰の碑」を案内しました。後狭間・飯喰場の次には、村人が信長の命で処刑された「処刑場跡」も案内しました。

 そして、砦跡では手作り鎧の会のみなさんがホラ貝を吹いて迎えてくれました。戦いの説明後に鎧の会より鎧の作り方や鉄砲の扱いなど説明してもらいました。また、神社の氏子総代さんの計らいで本殿の扉を開けていただき、お参りをすることができました。多くの皆さんの協力をいただき、ふるさと散歩が盛大に開催出来ましたことに感謝申し上げます。このことで村木砦の戦が、より多くの方に理解されるものと期待しております。

 

下の写真説明  上の段...左は三山信仰の碑にて  右は処刑場跡にて

        下の段...左は鎧の会の説明    右は村木砦の戦いを説明

5月18日(木) 刈谷ボラセンの35名を案内

 14時50分から15時25分にかけて、刈谷市ボランティアセンターのみなさん35名を乾坤院の総門・山門・四代の墓と、三代の墓さらに緒川城跡を案内しました。3グループに分かれて説明場所が、なるべくダブらないように順序を変えるなど工夫しました。その結果予定した時間内に役場に到着することができました。

 総門では柱が太い、しっかりした造りの薬医門を説明しました。

 山門では宇宙山乾坤院の名前について、まず宇宙山とは果てしなく広がる空間と過去から未来へと続く無限の時間を意味すること。さらに、乾坤は西を意味することを説明しました。

 本堂がなくなり広場の向こうに見える四代の墓についても、その特徴を説明しました。於大公園を通り三代の墓も案内して、水野家の菩提寺である乾坤院を説明しました。

 最後に緒川城跡を案内しました。わずかとは言え土塁の現物が残っていることで、当時のお城がどのような物なのか想像することができます。

 緒川城は水野貞守が1475年頃に築いたと言われています。その後に水野家の菩提寺として乾坤院を建てたと言います。その水野忠政の娘として「於大」が生まれ、松平に嫁ぎ徳川家康の誕生に繋がったのです。

4月13日~20日 於大のみち桜ガイドを行いました

 内容は重複を避けて、「於大のみち桜ガイド」のコーナーで案内しております。

4月14日・15日 於大まつりに協力しました

 於大まつりの前夜祭として定着した竹灯籠の会による「宵祭り」のお手伝いと、本番では乾坤院山門・三代の墓においてガイドを行いました。

 今回の宵祭りはいつもに比べ風もなく、肌寒さを感じることもありませんでした。親子連れや若者たちも蝋燭の淡い光に魅了されていました。そして、模様を彫った竹のLEDによる光が描く美しさに感嘆の声が聞かれました。ただ、肝心の八重桜は白妙のみが咲いている状況で、ちょっと残念......

 ふるさとガイド協会は乾坤院山門・三代の墓でガイドを行い、於大公園のテントで協会発行の書籍と、教育委員会発行の書籍販売を行いました。

 まつりの特徴は、新城・設楽原鉄砲隊が参加して演舞を披露してくれたのが目を引きました。途中では雨にも降られましたが、なんとか無事に終えられてよかったです。

4月12日(水) 水野氏史跡と満開の八重桜の......

 今年のふるさと散歩緒川南は、八重桜の満開の時に合わせようと12日に開催しました。ところが、花の開花はこちらの思うようにはならず、ほんの一部が咲いているのみでした。しかし、よくしたもので乾坤院のソメイヨシノはまだまだ見頃と言ってもよい状態でした。41名が参加して於大のみちの八重桜の説明からスタートしました。風がとても強くて帽子は飛ばされそうになり、手で押さえながら進みました。

 乾坤院では本堂が焼失してがらんとした風景を前に、賢雄堂・四代の墓など、水野家の菩提寺を説明しました。三代の墓では足下が悪いことから、下の登り口で案内して緒川城跡へ移動。城跡では水野氏の生い立ちから、城下町だった緒川について説明しました。今回も町外から参加してくれた方が数名いて、水野氏と於大の方について関心を深めてくれました。

 

 上段は乾坤院山門から見たソメイヨシノ       出発前の参加者

              下段は八重桜の説明と緒川城跡の説明

4月8日(土) パナソニックOB35名を案内

 今春初のガイドは名古屋・瀬戸方面からの35名の皆さんを案内しました。パナソニックOBのみなさんで、緒川駅に9時41分着とその前の電車で到着。初めにパンフレットの地図で案内するコースと、注意点などを説明し3グループに分けてスタートしました。案内したコースは

 塚本源左衛門屋敷跡・郷蔵---道路元標---地蔵院---緒川城跡---三代の墓---四代の墓---乾坤院・山門・総門---於大のみち。特に水野家と於大の方についていろいろお話をしました。残念だったのは八重桜の咲きそろった風景をお見せできなかったことです。そのかわり於大公園のソメイヨシノは満開でした。門前広場にある説明用のプレートで、花の特徴を説明しました。幸いなことにその一つである紅八重しだれ桜のみは満開に近い8分咲きでした。八重桜に緑色の桜があるのかという声も、特にみなさんから東浦がすばらしい歴史のある町に驚いたという声が多く聞かれました。

 

緒川駅に降り立った皆さん       右側の2枚は乾坤院総門前にて

 

4月4日(火) 定期総会を開催して事業計画を決定

 平成29年度の総会を開催しました。来年はガイド協会の結成10年目を迎えることになり、記念事業の計画が予定通り可決されました。

 東浦町から教育長・生涯学習課長が来賓として出席されました。その中で教育長は、日頃のガイド協会の活動にたいして「充実した活動を進めておられることに感謝申し上げます」という言葉がありました。

(左は挨拶する山本会長)

 今年度は特に四つの重点項目を決めて取り組みます。

①新しい企画を取り入れてふるさと散歩

 の充実を図ります

②郷土に誇りを持てるようにするため地

 域学習支援に力を入れます

③10周年事業の準備を始めます

④東浦町の文化財修復事業を応援します

 

(左は挨拶する恒川教育長)

2月18日(土) 「弘法道を歩き村木観音会」に参加

 58名の申し込みをいただいたふるさと散歩は、実際にはこれまで最高の70名の参加で大盛況でした。お礼を申し上げます。緒川から森岡保育園までの弘法道を歩き、村木砦の戦いに関わる「処刑場跡」での観音会の法要に参加しました。ここでは知多メディアスさん中日新聞さんも取材にきてくれました。

 ふるさとガイド協会は、この観音会の法要が広く知られるきっかけになってくれることを願っております。そして、この法要を執り行っておられる水野様に感謝しております。(写真は処刑場跡で観音会のいきさつをお話しする水野様いとこの杉浦さん)

 つづいて村木砦跡の八剱神社では「手作り鎧の会」の皆さんがホラ貝を吹い出迎えてくれました。村木砦の戦いについての説明と戦死者を祀る八剱神社にお参りをした後、鎧の会のみなさんから鉄砲についてお話しを聞きました。

 参加されたみなさんが村木砦の戦いと水野家の活躍ぶりが、徳川幕府の安定に大きく寄与した事を理解していただけたと思います。

写真説明

 上の段...処刑場跡の説明と待っている参加者  手作り鎧の会の出迎え

 中の段...八剱神社にお参り        村木砦の戦いの説明と取材するメディアス

 下の段... 村木砦の戦いの説明      鎧の会の皆さんと記念撮影 

 

1月29日(日) 入海神社の文化財消防訓練に参加

 午前10時入海神社にて文化財消防訓練が行われました。昭和24年に法隆寺金堂の壁画が消失したことを機に、昭和30年より「文化財防火デー」として行われています。参加したのは私たちふるさとガイド、地区防災会、氏子総代、文化財保護委員会の面々。内容はいつもと変わりませんが、文化財の持ち出し訓練、消火器と消火栓の取り扱い訓練が行われました。昨年は乾坤院が焼失する現実に驚き、悲しみに暮れました。今後このようなことがないようにしなければなりません。